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February 25, 2008

英語の正確さに寛容になれれば英語はもっと楽に話せる!

英語の正確さにいかに寛容になれるか?
これこそ、日本人が英語を話せる国民になれるかどうかの鍵を握っているように最近強く感じています。「日本人の英語は文法的に正確だが堅苦しい、文法的な正確さを求めるあまり流暢さに欠ける、やたらとポーズが多くて話していると疲れる。言葉に一旦詰まると長いポーズがあり、場合によっては会話を続けることができなくなる。」これはすべて、自分の英語による発話の正確さを求めるがゆえに起こる流暢さの障害です。

日本の中学・高校と英語で平均以上の成績を残した卒業生は十分に、日常会話には不自由しない文法力、語彙力、構文力は持ち合わせています。しかし英会話(英語によるコミュニケーション)は苦手で話せない。何故でしょうか?「ある程度文法的な知識や発音の知識、語彙力があったとしても、その知識を実際の会話に生かすことができていない、または生かしきれていない。」からです。英語の正確さを求めるあまり、「英語を口に出すことが怖い。間違った英語は話せない。」という脅迫観念、つまり自分の英語の発話エラーに寛容になれないのです。これでは英会話を楽しむことはできません。

日本人は正確さに拘りすぎる為に英会話が上達しません。

世界中の人に聞いたら、
フィリピーノは英語のできる国民
日本人はまったく英語の出来ない国民
として認知されています。

皮肉なことにフィリピーノの英語は文法的な正確さには欠けます。I’m looking forward to meet you. とか、I don’t know, too.など大卒の人が平気で言ったり書いたりしています。
(正確には、I’m looking forward to meeting you. I don’t know, either.)
フィリピーノの全員が間違った英語を話したり書いたりしている訳ではありませんが、上記のような細かい文法的なエラーはかなり耳にしたり目にします。私の印象として、フィリピーノは細かい文法的なエラーには無頓着かあまり気にしない人が多いようです。細かい文法的なエラーは目立ちますが英語でのコミュニケーションにはほとんど支障はありません。皆さん会話はとても流暢です。英語圏のネイティブスピーカーにまったく引けを取らない流暢さで堂々と英語を話しています。フィリピーノは英文法の細かいエラーに対してはとても寛容なのですね。

文法的な正確さを更に求めることにより日本人は英語が話せる国民になれるのでしょうか?

私は、答えはまったく逆だと思っています。いかに正確な文法や発音から脱却して多少の文法的・発音的なエラーに寛容になれるか、そこにこそ日本人が英語の話せる国民になれるかどうかの鍵が隠されているような気がします。

発音についても同じです。
米国人イギリス人でも、地方出身者だと極端なアクセントが気になることがあります。ネイティブでもアナウンサーのような英語を話せる人がどれほどいるのでしょうか?
日本人は当然、自分が気づいていない日本語のアクセントで英語を話しています。発音の正確さが気になると自分の発音に自信が持てなくなり、大きな声も出ません。いつも引け目を感じながら英語を話してしまいます。いくら文法的に正確な英文が作れても、声が小さかったり、自信なく発話しているのでは、決して自分の意思は相手に伝わりません。発音についてもいかに日本人としての英語の発音に自信が持てるか=寛容になれるかが上達の秘訣でしょう。

たいへん失礼ですが、インド人の英語を聴いたことがありますか?
インド人もフィリピーノ同様、英語でコミュニケーションができる国民として世界中の人達が認めています。しかし発音は世界標準から、かなり程遠いと感じている人は私だけではないはずです。しかしインド人は皆、「自分たちは正統なイギリス英語を話している」と胸を張って、堂々と英語を話しています。

英語の発音に関しても私たち日本人はもっともっと寛容であって良いと思います。

最近次のような相談を中学生のあるお母さんから頂きました。

「小学校5,6年生でネイティブのイギリス人に週一度1年以上教えてもらいました。しかしその先生は文法エラーや発音エラーについてとても厳しく、態度が冷たく感じられ、子供はすっかり英語嫌いになってしまいました。その後色々なネイティブの先生を試しましたが、本人がおとなしくあまりしゃべらないため、意味がわからなくてもそれが伝えられず、先生がやる気をなくしたり、苛立ったり、そしてそれが本人に伝わりと、すべて失敗しました。4歳まで海外にいたので小さいころは英語ができましたがすぐにすべて忘れてしまいました。以来英語に対してコンプレックスがあります。英語ができない、習っても先生と意思疎通もうまくいかないと、いやな経験が続き、英語嫌いになっています。」

とても残念なことに最初のイギリス人の先生が正確さにあまりにも拘り過ぎた為にお子さんは英語を話すことの楽しさをすっかり奪われてしまい、英語を話そうとする意欲がなくなってしまったようです。

また生徒が大人だとしても入門者、初級者に対して正確さを求めることは効果的な外国語習得の足枷となります。如何に間違いに対して寛容になれるか?細部に渡って正確さを求めることは準中級レベル以上になってからで十分です。

教える側からすれば、入門者・初級者に対しては発音・文法・語法のエラーに対して大いに寛容になるべきです。実際のコミュニケーションにおいて誤解が発生しない限り、または支障がない限り、細かいエラーに対しては目を瞑るべきです。そして生徒の上達に応じて大まかなエラー矯正から少しずつ細かいエラーにも気を配って訂正してゆくべきです。

学校での英語教育の最大の弱点はテストで評価せざるを得ないのでどうしても正確さ、正しさを求めてしまうことにあります。民間の英会話スクールや英会話講師は心がけて生徒の正確さについては寛容になるべきでしょう。正確さに対する講師の姿勢は直ぐに生徒に伝染します。細かいところまで直されると細かいエラーに生徒は敏感になり、流暢さや意味を相手に伝達するというコミュニケーションの第一目的よりも、言語使用の正確さという二次的な目的が主眼となりそこから脱却できなくなります。

正確さに寛容になること!
英語・英会話学習入門者・初級者が求めるべき方向性がそこにあると私は確信しています。
正確さを求めるよりも英語を話すことが楽しい、相手に自分の意図した意味が通じるという喜びや嬉しさは外国語を学ぶ者にとってはかけがえのないものです。そんな楽しさを是非、子供達や英会話入門・初級者の人々には感じて頂きたいと思っています。正確さというよりも英会話の流暢さを指導者は求めましょう。

発音及び文法的な正確さをどの程度求めるか?またはどこまで容認するかは生徒の英語レベルに依存します。

日本人が英語を学習し始めて話す英語は当然ネイティブが話す英語とは異なります。
「母語(日本語)」の影響をかなり受けた英語であるはずです。ネイティブが自然に話す英語を「目標言語」とするとその英語とはかけ離れていて当然です。
Dr. Selinker(ロンドン大学教授・言語学博士)は、母語とも目標言語とも異なる別の言語体系で、2つの言語の中間段階、すなわち学習者の母語から目標言語へ移り行く段階の言語能力を中間言語(interlanguage)と呼びました。(1972年)
入門者がいきなりネイティブと同じ英語を話せるわけもないし、話せることを目標にすることはナンセンスです。何年間も英語を学習することにより日本語に近かった英語の発話(中間言語)が徐々にネイティブの英語の発話に近づいていくのです。

最近の研究成果によると、母語と目標言語の「距離」は各言語によって大きく異なります。文法や発音など母語と共通点がある外国語ほど当然学習し易いのです。日本人にとって一番学びやすい外国語は韓国語と言われています(難易度1:韓国語の他インドネシア語やマレーシア語など)。しかし同じ「語族」ではない英語との「距離」は遠く、難易度は3です。(難易度3:英語の他フランス語やドイツ語。因みに難易度2の外国語は中国語やベトナム語。難易度4の外国語はロシア語やアラビア語。)Newsweek 1002号(2006年)

ヨーロッパ人でバイリンガルやマルチリンガルの人は珍しくありませんが、同じ語族の外国語(英語・ドイツ語・オランダ語は同じゲルマン語派)は難易度1です。ゆえに、オランダ人が英語を習得することは比較的容易だが、日本人が英語を習得することは非常に難しいと言えます。英語と日本語は語順から音韻的な特徴まで、あらゆる点でかけ離れているからです。日本語という母語と英語という外国語の「距離」はそれほど遠いということです。

中間言語に話を戻すと、英語学習入門・初級者が話す英語は日本語に近く英語に遠いわけですから、ネイティブの発音や語順と大きく異なってもそれはすごく当たり前なのです。
この観点からも、英語学習入門・初級者が話す英語に対して教師は大きく寛容であるべきなのです。例えば、ネイティブの子供達でも完全にマスターするまでに時間のかかる「三人称単数現在のs」や[l]と[r]の発音エラーに対して早急に正確さを求めるべきではありません。

子供や大人の入門者・初級者を教える講師は生徒の英語レベルよりも高い英語の聴き取りと発話を生徒に求めてはいけません。聴き取り(リスニング)については入門者・初級者でも十分に聴き取れるスピードと発音で英語を話してあげなければいけません。語彙・構文についても初級者までが十分に理解でき近い将来使いこなせる比較的容易なものを多用する講師の発話が理想的です。自分の現在のレベルよりも少し上を行く講師の発話・英語を目標にすることにより、より一層効果的な学習が可能となるのです。

また、スピーキングで生徒のレベルよりも高い発音・構文・文法的な正確さを生徒の発話に要求してはいけません。あくまでも生徒の発話は日本語に近い英語レベルであると再認識すべきです。ネイティブの発音及び発話を目標にするには早すぎます。正確さを求めるよりも、正確さは劣るが意味がある程度通じれば良しとする発話を目指し、英語の流暢さ・英語によるコミュニケーションの楽しさを目標とすべきです。

準中級レベルからネイティブの英語の聴き取り及び発話を目指せばよいのです。生徒の英語レベルに応じて、発音及び文法・構文・語彙の正確さを発話の流暢さに追加して指導を行なうのです。語法や社会言語学的な適切さ、言い換え・訂正などのコミュニケーションストラテジー・説明描写力・論理的な話の展開・段落単位で話をまとめて話す方法(paragraph discourse)なども指導します。

英会話の習得には何年間もかかります。5~6年英会話を学んで英語がネイティブと同じように流暢に話せるようになると考えるのは無理があります。中級者以上になるまでには、毎日猛勉強しても最短でも10年は必要でしょう。英語・英会話の先生は生徒のレベルを適切に把握して、「正確さ」と「流暢さ」のバランスを取りながら指導することが大切です。学習者本人や英会話を学習しているお子さんを持つ親御さんは、長い目で考えて、英語の「正確さ」についてもっともっと寛容になりましょう。「正確さ」に寛容になればなるほど、英会話の「流暢さ」=「楽しさ」が増すはずです。

ACE英会話では、生徒の英語エラーになるべく寛容になれるように、講師共々心がけている。

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