英語右脳教育に物申す:英会話学習に発話スピードは重要か?
英会話の指導において、右脳学習という名の元に必要以上に速読・速聴・即答を促す学校がある。英語でのコミュニケーションをマスターする上で、本当にクイックリスポンスが必要なのであろうか?
私は発話スピード以上に自分や相手が話しているメッセージ内容を確りと認知することが大切だと考えている。
クイックリスポンスで直ぐに頭に浮かぶのはAudio lingual Methodによるドリル学習(口頭文型練習)だ。(1950年代から60年代にかけて特に米国で全盛、世界中へ広まった。母語の使用を禁止して英語のみで指導。文法ルールの説明は最小限にして文の一部を入れ替えるなどして文法パターンを何度も何度も言わせてそのルールを習慣化する。
I have my pen. You have your pen. They have their pens. He has his pen. Do you have a pen? Yes, I do. I have a pen. Does he have a pen? No, he doesn't. He doesn't have a pen. という具合に所有格、三人称単数、疑問文と答え、否定文などをドリル練習、講師の発話のリピーティングが多用され、何度も言うことによって文法ルールを口に覚えさせる→無意識のうちに正確に言えるようにする→ルールの習慣化である。母語(日本語)や左脳が介在しないようにクイックリスポンスを要求して右脳で処理させる。
私が20年前にECCで英会話を指導していた際にもかなりの時間をドリルによる文型練習にかなりの時間を割いていた。当時はECCのみならず、ベルリッツ(ベルリッツが開発したダイレクトメソッドと呼んでいた)やイーオンとジオスの前身アンビック、ELLEC、日米会話学院など当時の主要な英会話スクールで使われていた。一時はあまりにも機械的な文型練習なので言語学者の間から批判が相次ぎ、衰退した。当時のベルリッツのプライベートレッスンであまりにも機械的なドリルを延々と行うので受講生が退屈して居眠りを始めるという話をベルリッツの先生から聞いたことがある。
しかし、最近また右脳学習、英語を英語で理解する英語脳などというメッキでお化粧してAudio lingualに似たような教え方が再登場している。文型・スピード偏重からメッセージ内容(意味)の認知学習の優位性で勝負は20年前についているはずである。
人間のコミュニケーションにおいては、発話の持つ表層構造:聞こえてくる英語音や表面的な文構造よりも、発話の深層構造:聞き取った英語音と文構造による文の意味やメッセージ内容が大切だということで決着しているはずだ。
旺文社LL教室が流行ったのは30年前以上であるが、未だにLL:Language Laboratory という語学機器を使っている中学・高校や大学がまだあるという。主にダイアログやドリルを駆使して英語文型をパターンとして身につけようという学習方法である。
これこそstimulus & response (刺激と反応)という学習理論が根本になっている。一般的な学習理論においては刺激と反応を越えた認知理論(Cognitive)が支持を得ていることは周知のことである。
また「英語耳」を造るという英語のリスニング機器や教材・書籍がたくさん発売されているが、日本語とは違う英語特有のパスバンド(その言語の発話で一番良く使われる周波数帯)を聞き取れるようにすることが目標となっている。特に母音主体の日本語を話す日本人にとっては英語の高周波音(声帯を使わずに歯の隙間から息を強く出す[s]に代表される歯擦音など)の聞き取りを強化する。これこそ前述の表層構造のみを扱った中途半端な学習である。
実は私は出版社アルクに勤務していた際にトマティス上北沢センターの所長を歴任したので「英語耳」についてはエキスパートであると自認している。「英語耳」とは元々はフランスの聴覚心理学者のアルフレッド・トマティス博士が40年以上前に開発したトマティスメソッド(フランスで大流行しフランス人の間ではかなり有名である)が本流である。
博士は数年前に他界しているが、博士が来日した際に3回ほどお会いしたことがある。博士のセミナーの通訳を担当したこともある。各言語によって頻繁に使われる周波数帯(パスバンド)があることは日本で知らない人がいないくらい普及した。日本人は英語の歯擦音などの高周波音の聞き取りが苦手だと言われている。しかしこれは既に過去のことだ。現代の若者は小さいころから音楽に触れ人間の声が出す高周波音よりも高い音を聞いている。シンバルやエレキギターの音やファミコンのPC音は高周波音だ。電車の中でウォークマンなどを聞いている若者のイヤホーンから漏れてくるあの「シャカシャカ」いう音だ。
さらにトマティスメソッドでは右脳というよりも左脳を重要視している。より優れたコミュニケーターになる為に右耳を聞き耳にする(交差神経組織により右耳が左脳に直結している)というトレーニングを行う。(「英語耳」については機会があれば別な記事に詳しく記載したい)
内容があまりにも多岐に渡りしかも専門的になってしまったので、クイックリスポンス(自分の発話スピード)に的を絞って、ここで具体的な例を掲げてわかりやすく説明したい。
「相手の発話に反応して即答できるようになること自体はあまり意味を持たない。ゆっくりでも正確に確りと言えるようになることの方が大切である。」というのが私のスタンスだ。右脳で反射的に答えるのではなく、左脳で自分の話しているメッセージの意味を確りと認識する必要があるのだ。
How are you? と聞かれてI'm fine thank you. And you? と反射的に答えられることにどれほどの意味があるのであろうか?むしろゆっくりであったとしてもI'm fine, well, all right, feel sleepy, feel miserable, have a headacheなど、その時々の体調によって柔軟に答えられるのがよい。
もっと深く考えると、元々How are you? というのは挨拶であり、すらすら答えられるよりも返答に感情がこもっていることがもっと大切である。ほほ笑みながら答え、相手が自分のことを気遣ってくれたことに感謝の気持ちを込めてThank you. と言えなければいけない。真顔で機械的にI'm fine thank you. And you? と間髪をいれずに早口で答えるのはまったく友好的な相手に対して失礼でさえある。
名前を聞かれた時も同じである。My name is …と急いで答える必要はまったくない。むしろ外国人にとって聞き取り憎い名前であればゆっくりとはっきりと自分の名前を相手に伝えることが大切だ。
英語をただ単に教えるということと、コミュニケーションの道具(ツール)として英語を学ぶことはまったく別物である。
私が言いたいのは11才以上(小学生高学年)にも拘らず中高生や大学生、ましてや成人が右脳教育に基づいて英語・英会話を学習することの是非である。当然それらの年齢層が話す言語活動は一問一答できるような単純な物ではない。様々な回答パターンを学習し、その中から自分に当てはまるものを選択するという学習方法(前述のAudio lingual Methodによるドリル学習)ではいつまで経っても自分でセンテンスを一から創る、真のスピーキング力は身につかない。一世を風靡したかに思われたチョムスキーの生成英文法理論が衰退した理由も頷ける。
パターンを右脳に刷り込むことは10才未満の子供でない限り退屈で不可能である。むしろ文構造を確りと認知した上でその文法ルールに則った英文を一からクリエイトする学習方法(認知学習や概念学習)の方が遥かに適しており、効率が良く真の実力が身に付く。
ある英語の文法や構文概念を確りと認知理解した上で左脳によって英文を創り出すことが大切だ。例えば日本人にとって現在完了形を現在形と過去形との対比からパターンで習得することや、仮定法を単純な右脳学習で身につけることは至難の業であろう。特に仮定法は話者(speaker)と聴者(listener)との人間関係や気持ち社会言語学的な要素を多く含んでいるからであり、右脳というよりも左脳の言語野で様々な要素を分析した上でないと決して正確に(表層的にではなく深層的に)使いこなすことはできない。
例えば、知人から丁寧に会えませんかと誘われた場合の婉曲的な断り方などは難しい。右脳だけでは到底処理し切れない。
A: I'm wondering if you could see me this weekend.
B: I wish I could but unfortunately I have another important engagement this weekend.
A: もしもご都合がよろしければ)今週末にお会いできませんか?
B: (そうできれば是非そうしたいのですが)残念ながらとても大切な用事があるのでお会いできません。
英語はとてもストレートな言語で日本語のように婉曲な言い回しはいかなる場合にもしないと考えるのはとても親しい間柄だけの話である。上記のように丁寧なお誘いをしてくれた人に対して相手に失礼のないように仮定法を使って婉曲に(丁寧に)お断りしなければならない。もっと単純な例としては初対面の人に対する名前の聞き方にも気を使う必要がある。
単純な表現でも同じだ。相手が子供であればWhat's your name?でも問題はないであろう。しかしながら成人の初対面の人に対しては逆によほど特殊な場合(警官や入国審査官などによる職務質問)以外ではMay I ask your name, please?を使う。また自己紹介する場合にもI'm (first name).を使うよりもMy name is (full name).の方が遥かに丁寧であり、相手に敬意を表すこととなる。
以上みてきたように、とくに成人の会話は右脳の画像や音声イメージで言語を処理し切れない。必ず左脳の言語野において社会言語学的に相手との人間関係や場面状況によって適切な言葉使いを求められる。端的に言うと右脳学習だけでは事が足りないので左脳による学習が不可欠だということだ。
PR: エース英会話スクールでは右脳のみならず左脳による言語活動を重視してレッスンを行い、英語による真のコミュニケーターを育成している。
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Comments
素晴らしい内容に対して敬意を表します。小生は異文化支援業を独立して営むもので、日々英語を使って仕事をしています。その中で、日本語事業文献の日英翻訳などもついでにしております。
ですからあなたが仰せの事よく理解します。
益々のご活躍を念じます。
冨永信太郎 拝
異文化支援業
Posted by: 冨永信太郎 | October 20, 2005 06:02 PM
富永様 嬉しいコメントありがとうございました。富永様のような読者がいると思うと今後のブログ執筆の大きな励みになります。サイトも拝見しました。ビジネス英語・通訳・翻訳と同じ英語教育業界でありながら私の歩んできた道とは大分異なるようです。道は異なりますが、お互いに頑張りましょう!
Posted by: Ichimura | October 23, 2005 10:26 AM
こんばんは、初めてコメントいたします。
貴ブログはとても興味深い記事ばかりなので時々遊びに来ています。
この記事の「クイックリスポンス」についてですが、私は必要だと思います。スピードはテンポにつながっていきます。
しかしこれは別に常に迅速に答えなくてはいけないという意味ではありません。
たとえば日本語でクイックリスポンスをして下さいと頼まれたらよっぽど難しいトピックでない限り簡単にできます。我々は日本語でこれができるからこそ、話しているときに有効なテンポ、間などを使えるのだと思います。
速く答えられるということは、話し手の余裕につながります。そうするとリラックスし更にいい表現などが頭に浮かんでくると思います。
How are youなどの挨拶は特にテンポが必要だと思います。ただI'm fineだけでなくPretty good/I'm alrightなどいろいろな表現をクイックリスポンスできるように練習する必要はありますね。挨拶は重要です、でも私の考えでは内容はそんなに重要ではないような気がします。実際日本語でも親しい友人には「元気?」と聞きますが、特にただの挨拶として言っているだけのような気がします。本当に心をこめて言っているのは、すごく久しぶりに会った人、好きな人に偶然会った時ぐらいではないでしょうか?(ちょっと話が極端すぎますが)
私は以前ベルリッツでイタリア旅行のためイタリア語のプライベートレッスン10回を受講したことがあります。それまでまったく勉強したことがありませんでした。そのときやはりクイックリスポンスの練習、レペティションを何回もレッスンで行いました。
私はイタリア語と似ているスペイン語が旅行に行って困らない程度に話せます。私の主人もスペイン語圏の人です。そのイタリア語のレッスンを受けていたときはスペイン語でなにか言おうと思っても先にイタリア語がでてきてそれを思わず言おうとしてしまうのです。もちろんイタリア語は単純な言葉しか知りませんが、それはやはり何回も口に出してクイックレスポンスの練習をしたからだと思います。
結局イタリアではなくオーストラリアに旅行の行き先を変えてしまい、私はイタリア語を試せずに終わってしまったのが残念ですが。
もちろんクイックリスポンスだけを練習すれば言語が習得できるとはまったく思っておりません。文法・TPOに合わせたいろいろな表現などバランスよく学習しなければ何も意味がないと思います。
批判めいたことを書いてすみません。
またこれからも興味深い記事を書き続けてください。楽しみにしています。
Posted by: LaraGirl | December 07, 2005 10:20 PM
LaraGirlさん コメントありがとうございました。
建設的なご意見(批判?)は大歓迎です。確かにお書きになったようにクイックリスポンスでの学習が効果的な場合もありますね。特に決まり文句や機能表現と呼ばれている日常よく使われる構文やセットフレーズなどは考えなくとも相手の発話に直ぐに反応して言えるようにしておくと便利でしょう。機能表現については、いつか私の考えをまとめてブログ記事にしたいと思っています。今後も時々遊びにいらしてコメントしていただくと嬉しいです。
Posted by: Ichimura | December 09, 2005 11:01 AM